文乃ゆき『ひだまりが聴こえる』多和田秀弥と小野寺晃良で実写映画化された原作を解説

『ひだまりが聴こえる』の概要とあらすじ

『ひだまりが聴こえる』の概要

『ひだまりが聴こえる』は2014年にプランタン出版(Canna Comics)から出版された、文乃ゆき先生によるBL漫画です。2017年には実写映画化され、主役の2人を多和田秀弥さんと小野寺晃良さんが演じました。

本作で単巻としての完結を迎えた後は、その後の二人の人生を描く『ひだまりが聴こえる 幸福論』『ひだまりが聴こえる リバース』がシリーズ作品として続いています。

本作で本格的な漫画家デビューを果たした文乃ゆき先生は、柔らかいタッチの画風と登場人物の心情を繊細に追ったストーリー展開を特徴する漫画家です。「茜田千」という名義で少女漫画家としても活躍されています。

物語のあらすじ

『ひだまりが聴こえる』は突発性難聴を抱える大学生・杉原航平(すぎはらこうへい)が、「バカみたいに」明るく固定観念が通用しない同級生の佐川太一(さがわたいち)と出会い、友達以上恋人未満のなかで人生が変わっていく感動の物語です。

いやいや大学に進学して日々バイト探しに暮れる太一は、ある日偶然ひとりで弁当を食べる法学部の杉原航平に出会います。航平の美味しそうな弁当に思わずよだれを垂らした太一に、航平は弁当を差し出し、無言のまま去っていきました。

後日、太一は航平が校内の有名人であることを知ります。優れた容姿で女性からの人気が高いわりには無愛想で、学内の男性陣からの評判がすこぶる悪く、更に聴覚障害のために授業内容を書き留める「ノートテイク」の依頼を校内に出していることも航平を有名にしている理由でした。

友人から航平とは関わらないほうが良いとアドバイスされる太一でしたが、弁当の借りにと、忠告に耳を貸すこともなく太一は航平にノートテイクの引き受けを名乗り出ます。

持ち前の明るさでずかずかと航平に関わっていく太一は、航平の評判が悪いのは航平の性格が原因ではなく、周りの声に耳がついていかないせいで誤解を受けたり消極的になったりしているからだとわかります。

ある日、女性に人気な航平の姿に嫉妬したとある男子学生が、わざと航平に聴こえないような悪口を言う風景を目にした太一は、思わずその男子学生に殴りかかります。事なきを得ようとする航平に「なんでお前の方が遠慮してんだよ 聴こえないのはお前のせいじゃないだろ!」と言い放つ太一。

その一言が航平を強く揺さぶり、二人の人生が変わりはじめます。

人生をもう一度!感動のBL!

とにかく前向きになれるハートウォーミングなBL漫画です。難聴を機に人生を諦めてしまった航平を変える太一の明るい姿には、どの場面でも勇気づけられます。色眼鏡で人を判断しない太一の前には、肩書や見た目やハンディキャップは関係がありません。誰と接するにもそれぞれの心と向き合い受け入れていく太一の姿に、航平ならずとも励まされます。

太一の名セリフ「聴こえないのはお前のせいじゃないだろ!」は、全編を通じてのメインテーマです。障害をはじめとしたあらゆる人生の辛さに対して、人は生まれながらにして輝く権利があることを教えてくれる漫画です。じーんと心に響くシーンも数多く登場します

航平は中学の時に高熱を出し、そのせいで突発性難聴を患いました。その後の数々の苦しい出来事から、人生の行動範囲を狭めてしまっている青年です。また自前のすぐれた洞察力で、自らの難聴に同情して自己満足を得る人の心の浅はかさも見透かせるようになっていました。

そんな人生に嵐のように現れるのが太一です。太陽のような太一に動かされる航平の姿を通じて、自分自身も前向きになれる気持ちが湧いてきます。 ボーイズ「ラブ」の要素は一見すると薄いですが、航平を変えた太一という存在が同性であっても友情を超えた感情を抱いてしまうほどのものだった、という設定がこの物語の要所です。

航平と一緒に鈍感すぎる太一にヤキモキしながら読み進めましょう。

ここがオススメ!

見習いたい太一の背中

航平は突発性難聴のせいで、他人とのコミュニケーションを諦めてしまった青年です。周りから反感をかうこともしばしばですが、太一だけはそんな航平の難聴をなんともしません。固定観念なく人間としての航平とまっさらに接するのが太一という存在に、航平は人生を救われます。

物語には障害にたいする目に見える偏見が数多く描写されます。読み進めるうちに自分の中にも、障害だけではなく偏見や無知であるが故に他人を傷つけてしまってきたのではと気付かされていく道徳的な一面もある作品です。底抜けに偏見をもたない太一の姿は、自分に対する教訓にもなります

また、太一にも太一なりの悩みがあり、自分では気が付かない配慮の無さやデリカシーの欠如に悩むシーンも登場します。『ひだまりが聴こえる』は航平の人生が開けるストーリーだけではなく、理想論だけでは通用しない社会の難しさに直面する太一の成長物語でもあります。

聴覚障害を知るキッカケに

『ひだまりが聴こえる』では航平が抱える聴覚障害と、障害を取り巻く世間の実情がリアルに描かれています。制度上の問題点だけではなく、普段の生活では知ることが出来ない聴覚障害の実情がきちんと描写されているのが特徴です。

私たちにとっては普通の振る舞いであっても、誰かを傷つけてしまう瞬間があるとわかります。見えないハンディキャップがどれだけ世の中にあるのかを知れる漫画です。

特に航平が抱える難聴は高度と判定されるレベルではないため、一見すると「普通の人」のようにも見え、それが更に航平を苦しめています。聴覚障害や他のハンディキャップに限らず、みなそれぞれに世の中のつらさがあり、見えない障害に無配慮でいることがどう残酷なのかを語る物語にもなっています。

詳しい取材の元で難聴を取り巻く実情が描かれているため、他のBL漫画にはない社会的な問題意識に食い込む内容です。読後はズシンと心にきます。

一巻完結で読めますが、二人の今後や非常識の太一が社会でやりこめられる姿を見守りたい方はぜひシリーズ続刊もどうぞ!

映画化は 2017年多和田秀弥と小野寺晃良共演で実現

「手裏剣戦隊ニンニンジャー」の多和田任益(出演時 秀弥 ひでや 読み方同じ)が難聴を抱える航平役、「HiGH&LOW THE RED RAIN」の小野寺晃良が太一役で共演。

監督はあの大ヒット映画「るろうに剣心」シリーズを担当する上條大輔が担当しているため、作品の質は高く、高い評価を受けています。

https://eiga.com/movie/85873/

文・五十嵐みゆき